そして告白


暖炉にくべた薪はあらかた炭になってしまった。燃えさしをつついていたルルーシュがもう休もうと腰を上げる。
「今はもう、彼女のことや、妹のこと。思い出して悲しい気持ちにはならないのかい」
座ったまま動こうとしないスザクに苦笑して、ルルーシュはその近くに椅子を寄せた。
「なるさ」
向かい合ってルルーシュは脚を組んだ。口元には穏やかな笑みを刷いている。残酷でうつくしい物語だった。彼の過去は、哀しくてきれいだった。
「僕が死んだら、悲しい気持ちになるのかい」
「無論」
「泣くんだろうね」
「声を上げてな」
「避ける道はあるのに?」
「今の俺にとって、スザク。お前が一番だ」
「それは、」
「また、人を好きになる」

「…罪悪感なのか?」
「そうじゃない。ただ、永く生きるということは忘れるということだ。大切な想い出もどこか遠い」
「あんなにはっきり覚えているのに」
「それは怖いことだよスザク。目を閉じれば浮かぶ情景に、感情が伴わない。大事な何かを落としてきてしまったようで、自分はもう人間ではないのだと考える」
「生きていくためには必要なことだ」
「そしていずれ悟るんだ。人間はみな通り過ぎて行くものだと。相容れない」
絡んだ視線がひんやりとしていて、火を消してしまったのだということに今更気づいた。そっとてのひらを重ねてきたルルーシュの手が氷のようで、意地悪なやつだと思う。
こんな演出をしなくても、自分の気持ちは変わらない。
「ルルーシュにとっても、僕は『ちがうイキモノ』か?」
「同じじゃないよ」
「『同じ』になりたいと言うのに、どうして拒む?」
「お前は、」
ルルーシュがそっと人肌に戻しながら言った。
お前は、スザク。
「俺よりも人が好きなんじゃないかな、と。いつも思っていた」
「ルルーシュが一番好きだよ」
「いや、そうじゃなく。お前はたくさんの人間に囲まれているのがふさわしいよ。本当は、こんな寂しいところで俺とふたりぼっちでいちゃだめだ」
「…十年も一人ぼっちにしたくせに」
「…そろそろベッドに入らないか。風邪を引いてしまう」
へらりと眉尻を下げたルルーシュを胡乱な目で見据えながら、スザクは目の前の身体を引き寄せた。膝の上に載せてしっかりと抱えなおすと、観念したのか腕を回して抱きしめ返してくる。あたたかかった。
「血族の数は多くない。三桁に届くかどうか」
「寂しいだろうって?」
「友だちになっても人間はすぐに死んでしまう」
「僕も人間だね」
「ラクシャータが死んだとき、羨ましかったんだ」
「どうして」
「俺たちは、死のうとしなければ死ねない」

「待っていれば、向こうから終わりがやって来てくれるわけじゃない」


スザクはルルーシュの顔を覗き込もうとしたが出来なかった。肩口に顔を埋めて強い力でしがみ付いている。これが本音か。
「ルルーシュー。本当のことを言いなよ」
「バンパイアになったら色々不自由だ」
「そんな大雑把なことを言うんじゃないよ」
「言ったらスザクは怒るんじゃないのか」
「怒らないから言いなさい。 あたた…こら、おなかが空いていないのに噛むんじゃありません!」
もって回った言い方でのらりくらりとかわしていたルルーシュが、ぽろりと洩らしてしまった本音をつつかれて苦し紛れにかぷりと噛んだ。噛むなと叱れば拗ねたようにちうぅと吸われる。
「…おいしゅうございますか」
「まふい(まずい)」
「子どもか君は!」
それでも艶やかな黒髪を撫でてやれば、すまなく思ったのか牙を抜いてぺろぺろと傷口を舐めている。吸血鬼ってこんなにかわいい生き物だったか。
「ルルーシュ」
「…なんだ」
「僕を理由にしようとしているだろう」
「……理由じゃない。きっかけだ」
「同じだよ。僕が死んだら、君もそこで終わるつもりだったんだろう」
「…」
「本当はもう、何のためにバンパイアになったのか理由を見つけられなくて。」
「…」
「死を覚悟した命をもう一度生き直すのはひどく疲れることで。」
「…」
「その上、手に入れた命はとても永いのだもの。」
「…」
「終わりのない生に疲れて、しまったんだよね」
ルルーシュは口を噤んだまま俯いている。スザクは構わず続けた。
「もう半分は怖いからかな」
「…何が」
「僕が血に狂ってしまうことが」
「その時は俺の手で葬ってやるさ」
「強がりが」
「一滴残らず飲み干して、一緒に地獄に堕ちてやる」
今度はスザクが黙り込む番だった。
「…ねぇ、そんなに想ってくれるなら僕の頼みを聞いてくれないか」
「なんだよ」
「このまま僕の時間を止めてほしい。老いた姿で君の隣に並べない」
「俺は気にしないぞ」
「僕が気にするんだ」
「…人を外見で判断しちゃいけないんだぞ」
「でも君を好きになった僕は、正直なところ面食いなんじゃなかろうか」
「…(かぷり)」
「こら、噛み噛みしないの!」
「かふかふしてるんふぁ(かぷかぷしてるんだ)」
「…君が僕より年上だなんて絶対に信じないからな」

「ルルーシュ」

「ルルちゃーん、痛い痛いっ!うわこれがぶっとやったでしょがぶっと!?責任もって治してよ、まったく…」
ツンと拗ねたままぺろぺろと舌を這わせているルルーシュは、結局人間だった頃とそう変わっていないのかもしれない。ただ心の在り処を隠すことがうまくなって、自分を騙すことが癖になって。
けれど永遠を生きられるほど強くもなれなくて。心は人間のままを持ち続けたから。
ルルーシュはラクシャータのために一度は捨てようとした命を長らえたのだろう。けれどそれを言うことはしなかった。選択は彼女に委ねた。それは選べる人間にとっては優しさなのだ。力あるものは提示するだけ。強いることはしちゃいけないし、彼女は自分の選択に誇りを持って生きてきた人間だった。

「ルルーシュ・ヴィ・ブリタニア」
「…なんだ、枢木スザク」
改まって呼びかけたスザクに、ルルーシュが顔を上げて視線を合わせた。
「君の契約は僕において意味を持つ」
「なにを、」
「君がバンパイアになったのは、僕に会うためだったんだ」
「…」
「そしてラクシャータではなく僕と永い時間を生きるために、君は僕と、契約したんだろう」
「破棄することはできる。まだ」
「選択するよ。この場合は承諾かな。僕は君が差し出した二つの選択肢から、自分で一つを選ぶんだ」
「…人間であることと、」
「バンパイアになることを。ねえルルーシュ、僕と一緒だったら、もう少し生きてみる気になるんじゃないか」
「なる、かな」
「人間のままでもたぶんあと四十年近くは生きると思うんだけどね。それくらい我慢出来るんだったら、しかも最後の何年かはおじいちゃんの世話ばっかりでさ。頑張れるんだったら、若くて元気な僕と二人で何百年も生きた方がいいと思わないかい」
「何百年ですまないかもしれない」
「その時はその時さ。僕は嬉しいよ。君と一緒だ」
「お前が、疲れたら?」
「ルルーシュよりも先に疲れるってことはないね。そして疲れたら休むだけさ」
「そうか」
「そうだよ」
「俺と、一緒に来てくれる、か?」
「よろこんで」

ルルーシュがくたりとスザクの肩に身体を預けた。緊張していたのかもしれない。
「疲れちゃったのかい?」
「…なんというか、もう十年前から決めていたんだ」
「…引き際をか。暗すぎる!」
「だって百年でも十分長いんだぞ!それが終わりの見えない一生…覚悟がいるに決まっている」
「それじゃあその覚悟とやらは決まったの?」
「決まった。責任とって幸せにしてやるからな」
「こんなところだけ男らしいんだから…どうせなら三つ指ついて不束者ですがってやってほしいんだけど」
「む、お前、こんな美人で家事万能で頑張れば力持ちの俺に『不束者』と言わせる気か」
「一つずつ突っ込ませてもらうとね、自分で美人って言うもんじゃありません」
「俺が謙遜したら嫌味じゃないか」
「ルルーシュって実はナルシストなのか?」
「面食いを自称しながら俺を選んだのはお前じゃないか」
「しょうがないな。じゃあ次。頑張れば力持ちってどれくらい?」
「スザクを百人くらい持てる」
「…頑張らないで下さい」
「む、ギャップ萌え☆を狙っていたのに」
「そんな子に育てた覚えはありません!」
「ちぇー」
「拗ねるな!そして噛むな!もう…あー、不束者って言うのは慣用句だよ。お嫁さんが言うんだ」
「どう考えてもお前が俺のお嫁さんだ。そうでなければ入り婿」
「スザク・ヴィ・ブリタニアか…合わないな」
「逃げたら追うぞ」
「あれ、いきなり強気になったな」
「ついでに素直になってみようと思うんだ。スザク、髪をのばしてみないか?」
「やだよ。邪魔だし収まりがわるいんだから。それに絶対似合わない」
「それはそうだろうが、」
「フォローなしかよ!お断りだね!物欲しげな顔して人の髪を触るんじゃありません!」
「けち」
「だってルルーシュがほしいって言うのはその、形見にするためだろう?」
「まあ最初はそのつもりだったけど。身につけているものは一緒に消滅するから、肉体が残らない俺たちが唯一持って死ねるものなんだ。でも今はそうじゃないぞ」
「なんだよ」
「ブラッシングしてあげるから」
「僕は犬か!?」
「長い髪が好きなんだ」
「僕も好きだよ!ルルーシュ伸ばして!」
「俺はもう伸びないんだ。お前も仲間になったら一生その長さだぞ。ここは人間最後の思い出に恥を忍んで…」
「絶対ごめんだ!!」





「…僕ら何やってんだろうね」
スザクは冷えてきた夜気に我に帰った。ルルーシュはまだ未練たらしく茶色の頭を撫でている。
「ルルーシュ、もう寝るよ」
「ああ」
「僕の頭から手を離しなさい。引っ張っちゃだめ!」
「だめか」
「だめだね」
「チッ」
「行儀悪いから舌打ちなんてしちゃいけません!」
「こんなにうるさいやつと一生二人か」
「大事にするよルルーシュ。クリスマスプレゼントに僕を上げよう。もう日がないけど儀式とやらはイブでどうかな?」
君も確かクリスマスにバンパイアになったんじゃなかったかと云うスザクに、ルルーシュは渋面をつくって首を横に振った。
「もう少し待ってくれ。こっちの都合ってものもあるんだ。約束は守るから。
それにクリスマスは二人で過ごそうじゃないかスザク」
渋った挙句にとぼけるつもりじゃないかと一瞬考えたスザクだったが、艶のある笑みを浮かべて絡み付いてきたルルーシュの腕に頬をゆるめた。
「いいね。薔薇の香りのキャンドルをともして、顔を合わせて」
「…それは、その…」
「まだ何かあるのか?そういえば説明がなかったな。じゃあ今晩そのわけを話してくれたら、少しくらい髪を伸ばしてあげてもいいよ」
「あ、う、うぅ…」
ゆっくりと背中をシーツに沈められたルルーシュが、往生際悪く爪先を蹴った。












 

※この後なのですが、おばかなすざるる小話になります。スザクさんの扱いがひどいので(ルルーシュもひどいですが)、心の広いお方だけ覗いてやってくださいませ(平伏)。

絡んでるだけすざるるR18
C.C.さんがやってきた